若さとはなんでも見て野郎
つくづく、出会いだな、と思うけど、
違うかもな、とも思う。
子どもの頃は好奇心に溢れていて、
やりたい事と、やりたくない事とが、はっきりしているものだ。
が、成長段階における
「大人だから、常識として、普通は」という日本に溢れる三大悪魔の言葉によって
やりたくない事への感性が鈍り、抵抗するガッツも奪われてしまう。
日本で教育を受ければ大抵そういう道を辿る事になるから
あとは、運よく、その外の世界につながる人に出会えるか、という問題だけだが、
案外これもアテにならない。
BARなどで、大学生に会って話が盛り上がると、
外国行って来い、とハッパをかける。すると行きます! となる。
が、実際に行くのは50人に1人くらい。
聞けば、最もな理由ばかり。
バイトがある。テストがある。部活の発表がある。親がうるさい。
仕事している人だと、次のボーナスもらったら、なんてのもある。
つまり、出会いは結構誰にでも訪れているのかもしれない。
ただ、そこに乗っかる行動をとるかどうかが違う。
本当に行きたかったら行くよ、と言うかもしれない。
さては、心によって体は動いている、という立場だな。
違う。
ここ10年近くサーフィンにはまり、週末ともなれば千葉の海に通っている美容師さんに
髪を切ってもらってる者としてサーフィンに例えるならば、誰にでも(ほぼ)等しく
波は来ている。
でも、のれるかのれないかは、別。
本当にはのりたいと思ってないからのれないわけではなく、
のる練習をしてないからのれない。